「住宅ローン以外の借金で首が回らない。でも、家族のためにこの家だけは手放したくない…」
これは、かつて多重債務に陥った私自身が抱えていた切実な悩みです。元銀行員として融資審査の現場にいた私が、まさか逆の立場になるとは思いもしませんでした。
しかし、この経験があるからこそ、住宅ローン特則という制度の重要性と、銀行側の視点の両方を具体的にお伝えできます。
この特則は、いわば「家を守るための最後の砦」ですが、利用には厳しい条件と審査があります。
本記事では、法律の条文だけではわからない「5つの必須条件」と、私が融資担当者として見てきた「審査のポイント」を、実体験を交えながら解説します。この記事を読めば、あなたが住宅ローン特則を使える可能性があるのか、そして何に注意すべきかが明確になるはずです。

そもそも住宅ローン特則とは?【元銀行員が噛み砕いて解説】
まず、住宅ローン特則とは何か、その本質からお話しします。
正式には「住宅資金特別条項」といい、個人再生手続きの中で利用できる制度です。私の言葉で言えば、「他の借金は一旦整理するが、住宅ローンだけは聖域として守るための特例措置」といえるでしょう。
住宅ローン特則の仕組みと目的
本来、債務整理では「債権者平等の原則」が適用されます。これは、すべての債権者を平等に扱わなければならないというルールです。しかし、この特則は、その例外として認められています。
なぜなら、生活の基盤である家を失うことが、債務者の経済的な更生を著しく妨げると考えられているからです。家さえあれば、生活を立て直し、再生計画通りに返済を続けられる可能性が高まります。
実務上は、銀行側にもメリットがある場合があります。無理に競売にかけても、市場価格より安く買い叩かれ、全額回収できないケースは少なくありません。
それならば、債務者が再生計画を立てて安定的に返済を続けてくれる方が、結果的に回収額が多くなることもあるのです。
自己破産との決定的な違い
自己破産を選ぶと、原則として持ち家は手放さなければなりません。これが、個人再生で住宅ローン特則を利用する場合との決定的な違いです。
私自身、650万円の借金を抱えた際、自己破産も頭をよぎりました。しかし、この住宅ローン特則という選択肢があったからこそ、家族との生活を守りながら再起を図ることができたのです。

【最重要】住宅ローン特則を利用するための5つの必須条件
この特則を利用するには、法律で定められた厳しい条件をすべてクリアする必要があります。ここでは特に重要な5つの条件を、元銀行員としてのチェックポイントと共にお伝えします。
条件1:住宅の購入・リフォームのためのローンであること
対象となるのは、住宅の建設や購入、または増改築(リフォーム)のために借りたローンに限られます。
審査では、契約書や資金使途確認資料が厳密にチェックされます。例えば、住宅ローンを組む際の諸費用(登記費用や火災保険料など)が含まれている程度なら問題ありませんが、少しでも事業性資金や、車購入のような目的外の資金が混じっていると、銀行は非常に警戒します。「住宅購入に不可欠な費用」と客観的に説明できるかが鍵なのです。
条件2:申立人自身が所有し、居住している家であること
申立人自身が所有権を持ち、かつ実際に住んでいることが条件です。別荘や、他人に貸している投資用物件は対象外です。また、店舗兼住宅のような場合は、建物の床面積の半分以上が居住用でなければなりません。
銀行や裁判所は、住民票の住所だけでなく、公共料金の領収書などで実際の居住実態を確認します。投資用物件と見なされた場合は、この特則の趣旨から外れるため、まず認められることはありません。
条件3:住宅に住宅ローン以外の抵当権が設定されていないこと
これは非常に重要なポイントです。住宅ローンを借りている銀行以外の、カードローン会社や消費者金融などが、その住宅に抵当権(後順位抵当権)を設定している場合、原則としてこの特則は利用できません。
銀行が最も嫌うのがこのケースです。なぜなら、後順位の債権者が抵当権を実行して家を競売にかけると、住宅ローンの返済計画が根底から覆ってしまうからです。実務上、審査では真っ先に登記情報を確認し、後順位抵当権の有無をチェックします。これが、安易に自宅を担保にお金を借りてはいけない最大の理由です。
条件4:保証会社の代位弁済から6ヶ月以内に申し立てること
住宅ローンを滞納し続けると、保証会社があなたに代わって銀行にローン残高を一括で返済します。これを「代位弁済」といいます。この代位弁済が行われてから6ヶ月以内に個人再生の申立てをしなければ、特則は利用できなくなります。
代位弁済は、銀行にとって「最終通告」に等しい危険信号です。この6ヶ月という期限は法律で定められた絶対的なもので、1日でも過ぎれば交渉の余地はありません。滞納が始まったら、一刻も早く専門家に相談すべき最大の理由がここにあるのです。
条件5:マンションの場合、管理費等の滞納がないこと
見落としがちですが、マンションの管理費や修繕積立金の滞納も、特則が使えなくなる大きな要因です。法律上、管理組合が持つ債権(先取特権)は、後順位抵当権と同じように扱われるためです。
管理組合も一つの債権者です。管理費の滞納は、住宅ローン以外の債務もきちんと返済できないのではないか、という疑念を抱かせ、再生計画全体の履行可能性に疑問符を付ける要因と見なされます。
元銀行員が明かす!住宅ローン特則の審査で見られる3つのポイント
上記の5つの法律上の条件をクリアした上で、裁判所や債権者(銀行)が「本当にこの人を信頼して再生計画を認めて良いか」を判断する際の、より実務的な審査ポイントを解説します。
ポイント1:「再生計画の実現可能性」を数字で示せるか
住宅ローンを支払い続けながら、減額された他の借金を原則3年(最長5年)で返済できるだけの、安定的かつ継続的な収入があるかが厳しく見られます。
【融資審査の裏側】
我々銀行員が見ていたのは「過去の実績」以上に「未来の返済能力」です。給与明細はもちろんですが、家計簿を基にした詳細な収支計画を提出し、「これだけ家計を切り詰めるので、毎月これだけの金額を返済に回せます」という具体的な数字と固い意志を示すことが極めて重要になります。説得力のある数字こそが、信頼を得るための武器なのです。
ポイント2:借金の原因と反省の態度
借金の原因が浪費やギャンブルの場合、裁判所は「本当に生活態度を改め、返済を継続できるのか」を慎重に判断します。
【私の体験談】
私自身、原因は投資の失敗でした。プライドが邪魔をして誰にも言えませんでしたが、弁護士には正直にすべてを話しました。そして、具体的な再発防止策として「保有していた投資用口座のすべてを閉鎖し、二度と投機的な取引は行わない」「FPとして自らの家計を徹底管理する計画」を再生計画案に盛り込みました。原因を正直に話し、深く反省している姿勢を見せることが、信頼を得るための第一歩です。
ポイント3:税金の滞納がないか
税金や国民健康保険料などは、個人再生手続きを行っても減額・免除されません。これらの支払いを滞納していると、再生計画の認可は非常に難しくなります。
【銀行員としての常識】
公租公課(税金など)の支払いは、個人の債務よりも優先されるのが大原則です。これを滞納している人に対して、銀行が「この人は住宅ローンだけはきちんと払ってくれるだろう」とは到底考えません。もし滞納がある場合は、債務整理の相談と並行して、役所に相談し、分納計画を立てるなど、最優先で解決すべき問題です。
よくある質問(FAQ)
Q: ペアローンを組んでいる場合、住宅ローン特則は使えますか?
A: 原則として、夫婦それぞれが個人再生を申し立てることで利用できる可能性があります。ただし、手続きは非常に複雑になり、裁判所の運用にもよるため、極めて専門的な判断が必要です。必ず債務整理に詳しい弁護士に相談してください。
Q: 連帯保証人がいる場合、迷惑はかかりますか?
A: あなたが住宅ローン特則を利用し、計画通りに返済を続ける限り、連帯保証人に請求がいくことはありません。もし自己破産を選んだ場合は保証人に一括請求が行くため、保証人を守るという意味でも、この特則は重要な選択肢になります。
Q: 住宅ローンの借り換えをしていても利用できますか?
A: 借り換えの目的が、純粋に金利の引き下げなど、住宅ローンの返済条件を良くするためであれば、問題なく利用できるケースがほとんどです。ただし、借り換え時にカードローンなどを上乗せして一本化した場合は、「住宅購入のためのローン」という条件から外れ、利用できない可能性が高まります。
Q: 「アンダーローン」(住宅の価値>ローン残高)だと不利になりますか?
A: 不利になる可能性があります。個人再生には「清算価値保障原則」というルールがあります。簡単に言えば、「もし自己破産した場合に債権者に分配される財産額(清算価値)以上の金額は、再生計画で返済しなければならない」というものです。家の価値が高いと、その分、他の借金の返済額が増えることがあるのです。
Q: 弁護士に相談する費用がありません。どうすればよいですか?
A: 多くの法律事務所では、無料相談や費用の分割払いに対応しています。私の経験上、この最初の一歩が再起の分かれ道になります。まずは無料相談を利用して、自分の状況で住宅ローン特則が使えそうか、費用はどれくらいかを確認することから始めましょう。
まとめ
住宅ローン特則は、借金で苦しむ状況でも「我が家」という生活の基盤を守れる、非常に重要な制度です。
しかし、見てきたように、利用には法律上の5つの条件をクリアし、さらに銀行や裁判所を納得させる「返済能力と意志」を具体的な数字で示す必要があります。感情論ではなく、数字と事実が何より重視される世界なのです。
私自身、元銀行員というちっぽけなプライドが邪魔をして、専門家への相談が遅れ、事態を悪化させました。あなたには同じ過ちを繰り返してほしくありません。
もしこの記事を読んで「自分も使えるかもしれない」と少しでも感じたら、どうか一人で抱え込まず、すぐに債務整理に詳しい弁護士や司法書士に相談してください。それが、あなたの家族と家を守るための、最も確実で、最も早い一歩です。